源氏鶏太

概要

 源氏鶏太(げんじけいた) 明治四十五(1912)年壬子(みずのえね49)四月十九日生誕 – 昭和六十(1985)年九月十二日逝去(七十三歳)は、小説家。

経歴

  明治四十五(1912)年壬子(みずのえね49)四月十九日に源氏鶏太は富山市で誕生する。

 昭和五年(1930年)旧制富山商業学校(現、富山県立商業高等学校)を卒業後、大阪の住友合資会社(1937年に住友本社に改組)に入社する。戦後は、会社の給料のみで暮らしていけなくなったため小説を書く。ペンネームは「源氏鶏太」とする。 昭和六十(1985)年九月十二日に源氏鶏太は逝去。七十三年の生涯を終えた。

古谷綱正

概要

 古谷綱正(ふるやつなまさ) 明治四十五(1912)年壬子(みずのえね49)四月十五日生誕 – 平成元(1989)年五月十一日逝去(七十七歳)は、ジャーナリスト、ニュースキャスター。

経歴

  明治四十五(1912)年壬子(みずのえね49)四月十五日に古谷綱正は東京都で誕生する。

 成城高等学校 (旧制)を経て、昭和七年(1932年)に京都帝国大学文学部に入学する。昭和十年(1935年)に京都帝国大学文学部を卒業後、東京日日新聞(現、毎日新聞社)に入社する。昭和三十七(1962)年十月一日からTBSの総合ニュース『JNNニュースコープ』のメインキャスターを務める。  平成元(1989)年五月十一日に古谷綱正は逝去。七十七年の生涯を終えた。

武田泰淳

概要

 武田泰淳(たけだたいじゅん) 明治四十五(1912)年壬子(みずのえね49)二月十二日生誕 – 昭和五十一(1976)年十月五日逝去(六十四歳)は、小説家。

経歴

 明治四十五(1912)年壬子(みずのえね49)二月十二日に武田泰淳は東京市本郷区(現、東京都文京区本郷)にある浄土宗の寺で大島泰信の三男として誕生する。

 浦和高等学校 (旧制)を卒業後、東京帝国大学文学部支那文学科に入学する。昭和二十二年(1947年)に北海道大学法学部助教授に就任する。 昭和二十三年(1948年)に作家活動に専念するため退職して帰京する。

 昭和三十九年(1964年)に富士桜高原の別荘地「字富士山(あざふじさん)」に別荘「武田山荘」を構える。 昭和五十一(1976)年十月五日に武田泰淳は逝去。六十四年の生涯を終えた。

双葉山定次

概要

 双葉山定次(ふたばやまさだじ) 明治四十五(1912)年壬子(みずのえね49)二月九日生誕 – 昭和四十三(1968)年十二月十六日逝去(五十六歳)は、大相撲力士。

経歴

  明治四十五(1912)年壬子(みずのえね49)二月九日に双葉山定次は大分県宇佐郡天津村布津部(現、大分県宇佐市下庄)で誕生する。

 立浪部屋に入門して昭和二(1927)年3月場所で初土俵を踏む。昭和六(1931)年5月場所に19歳3ヶ月で十両に昇進する。昭和十二(1937)年5月場所に全勝優勝を果たし、横綱に推挙される。昭和十四(1939)年1月場所5日目の安藝ノ海との取り組みで双葉山は敗れ、連勝記録は69連勝となる。昭和二十(1945)年11月場所で現役を引退する。 昭和四十三(1968)年十二月十六日に双葉山定次は逝去。五十六年の生涯を終えた。

檀一雄

概要

 檀一雄(だんかずお)明治四十五(1912)年壬子(みずのえね49)二月三日生誕 – 昭和五十一(1976)年一月二日逝去(六十三歳)は、小説家、作詞家、料理家。

経歴

 明治四十五(1912)年壬子(みずのえね49)二月三日に檀一雄は山梨県南都留郡谷村町(現、山梨県都留市下谷)で図案の技師として県立工業試験場に勤めていた父・参郎と母・とみの長男として誕生する。

 昭和七年(1932年)に東京帝国大学経済学部に入学する。昭和十一年(1936年)に「夕張胡亭塾景観」が第2回芥川賞候補となる。昭和二十六年(1951年)に『真説石川五右衛門』で第24回直木賞を受賞する。 昭和五十一(1976)年一月二日に檀一雄は逝去。六十三年の生涯を終えた。

一圓一億

概要

 一圓一億(いちえんかずお) 明治四十四(1911)年辛亥(かのとい48)五月二十三日生誕 -昭和六十二(1987)年六月三日逝去(七十六歳)は、憲法学者。

経歴

  明治四十四(1911)年辛亥(かのとい48)五月二十三日に一圓一億は高知県で誕生する。

 昭和九年(1934年)に京都帝国大学法学部を卒業する。昭和二十八年(1953年)に関西学院大学法学部教授に就任する。 昭和六十二(1987)年六月三日に一圓一億は逝去。七十六年の生涯を終えた。

岡本太郎

概要

 岡本太郎(おかもとたろう)明治四十四(1911)年辛亥(かのとい48)二月二十六日生誕 -平成八(1996)年一月七日逝去(八十四歳)は、芸術家。

経歴

 明治四十四(1911)年辛亥(かのとい48)二月二十六日に岡本太郎は は神奈川県橘樹郡高津村大字二子(現、神奈川県川崎市高津区二子)で、漫画家の父・岡本一平と歌人で小説家の母・かの子の長男として誕生する。

 慶應義塾普通部を卒業後、東京美術学校(現、東京芸術大学)に進学する。昭和五(1930)年一月からパリで暮らす。昭和七年(1932年)頃にパリ大学(現、ソルボンヌ大学)で美学を学ぶ。

  昭和十五年(1940年)に帰国する。 昭和二十年(1945年)に東京都世田谷区上野毛にアトリエを構 える。昭和四十五年(1970年)に大阪で万国博覧会が開催されることが決まり、『太陽の塔』を制作する。 平成八(1996)年一月七日に岡本太郎は逝去。八十四年の生涯を終えた。

ロナルド・レーガン

概要

 ロナルド・ウィルソン・レーガン( Ronald Wilson Reagan)1911(明治四十四)年辛亥(かのとい48)2月6日生誕 – 2004(平成十六)年六月五日逝去(九十三歳)は、俳優。政治家、アメリカ合衆国第40代大統領 (在任:1981年1月20日 -1989年1月20日)

経歴

 明治四十四(1911)年辛亥(かのとい48)二月六日にロナルド・レーガンは アメリカ合衆国イリノイ州タンピコで父・ジョン・レーガンと母・ネル・ウィルソンの次男として誕生する。

 1932年(昭和七年)にイリノイ州のユーリカ大学で経済学と社会学を専攻して卒業する。 ユーリカ大学卒業後、イリノイ州シカゴの大リーグチーム・シカゴ・カブスのラジオアナウンサーになる。

 1937年(昭和十二年)にワーナーブラザーズと契約して映画俳優となる。1967(昭和四十二)年1月に第33代カリフォルニア州知事に就任する。1981(昭和五十六)年1月20日に アメリカ合衆国第40代大統領に就任する。 2004(平成十六)年六月五日にロナルド・レーガンは逝去。九十三年の生涯を終えた。

白川静

概要

 白川静(しらかわしずか) 明治四十三(1910)年庚戌(かのえいぬ47)四月九日生誕 -平成十八(2006)年十月三十日逝去(九十六歳)は、漢文学者 、東洋学者。

経歴

 明治四十三(1910)年庚戌(かのえいぬ47)四月九日に白川静は福井県福井市で誕生する。

 大正十二年(1923年)に福井市大手町の順化尋常小学校を卒業後、大阪市の廣瀬徳蔵弁護士事務所に住み込み勤務する。成器商業夜間部(現、大阪学芸高等学校)に入学する。

 昭和十一年(1936年)に立命館大学専門部国漢科を卒業する。昭和十六年(1941年)に 立命館大学法文学部漢文学科に入学する。昭和二十九年(1954年)に 立命館大学文学部教授に就任する。 平成十八(2006)年十月三十日に白川静は逝去。九十六年の生涯を終えた。

小川環樹

概要

 小川環樹(おがわたまき) 明治四十三(1910)年庚戌(かのえいぬ47)十月三日生誕 -平成五(1993)年八月三十一日逝去(八十二歳)は、中国文学者。

経歴

 明治四十三(1910)年庚戌(かのえいぬ47)十月三日に小川環樹は京都府京都市で地質学者の父・小川琢治と母小雪の四男として誕生する。

 第三高等学校を経て昭和七年(1932年)に京都帝国大学文学部を卒業する。 昭和十三年(1938年)に東北帝国大学文学部講師に就任する。昭和二十二年(1947年)に東北帝国大学文学部教授に就任する。昭和二十五年(1950年)に京都大学文学部教授に就任する。平成五(1993)年八月三十一日に小川環樹は逝去。八十二年の生涯を終えた。