白洲次郎

概要

 白洲次郎(しらすじろう) 明治三十五(1902)年壬寅(みずのえとら39)二月十七日生誕 – 昭和六十(1985)年十一月二十八日逝去(八十三歳)は、実業家。貿易庁長官。

経歴

明治三十五(1902)年壬寅(みずのえとら39)二月十七日に白洲次郎は兵庫県武庫郡精道村(現、芦屋市)で貿易商の父・白洲文平と母・芳子の二男として誕生する。

 精道尋常小学校、御影師範学校付属小学校高等科を経て、大正三年(1914年)に旧制第一神戸中学校(現、兵庫県立神戸高等学校)に入学する。大正八年(1919年)にケンブリッジ大学クレア・カレッジに入学する。

 昭和三年(1928年)に父の経営していた白洲商店が昭和恐慌の煽りを受け倒産したため、日本へ帰国する。昭和四年(1929年)に英字新聞の『ジャパン・アドバタイザー』に就職して記者となる。

  昭和十五年(1940年)に東京府南多摩郡鶴川村能ヶ谷(現、東京都町田市能ヶ谷の古い農家を購入して農業を営む。昭和二十年(1945年)に東久邇宮内閣の外務大臣に就任した吉田茂の懇請で終戦連絡中央事務局の参与に就任する。GHQの要求に対して白洲はイギリス仕込みの英語で主張した。

 昭和二十(1945)年十二月十五日に商工省の外局として設立された貿易庁の長官に昭和二十(1945)年十二月一日に就任する。昭和二十六(1951)年五月に日本発送電の9分割によって誕生した9つの電力会社のうちの1つの東北電力会長に就任する。 昭和六十(1985)年十一月二十八日に白洲次郎は逝去。八十三年の生涯を終えた。