栗林忠道

概要

 栗林忠道(くりばやしただみち)明治二十四(1891)年辛卯(かのとう28)七月七日生誕 ‐昭和二十(1945)三月二十六日薨去(五十三歳)は、陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。

経歴

 明治二十四(1891)年辛卯(かのとう28)七月七日に栗林忠道は長野県埴科郡西条村(現、長野県長野市松代町)で松代藩郷士の家に誕生する。

 明治四十四(1911)年三月に長野県立長野中学校を卒業する。大正三年(1914年)に陸軍士官学校を卒業する(第26期)。同年十二月に陸軍騎兵少尉に任官する。大正七(1918)年七月に陸軍騎兵学校乙種学生を卒業する。陸軍騎兵中尉に進級する。

 大正十二(1923)年八月に陸軍騎兵大尉に進級する。同年十一月に陸軍大学校第35期を次席で卒業する。恩賜の軍刀を拝受する。同年十二月に騎兵第15連隊中隊長に就任する。

 昭和二年(1927年)に在米大使館駐在武官補佐官に就任する。軍事研究のためハーバード大学に留学する。昭和五(1930)年三月に陸軍騎兵少佐に進級する。昭和六(1931)年八月に在カナダ公使館付武官に就任する。

 昭和八(1933)年八月に陸軍騎兵中佐に進級する。昭和十一(1936)年八月に騎兵第7連隊長に就任する。昭和十二(1937)年八月に陸軍騎兵大佐に進級する。陸軍省兵務局馬政課長に就任する。

 昭和十五(1940)年三月に陸軍少将に進級する。騎兵第2旅団長に就任する。同年十二月に騎兵第1旅団長に就任する。昭和十八(1943)年六月に陸軍中将に進級する。留守近衛第2師団長に就任する。

 昭和十九(1944)年五月二十七日に第109師団長に親補される。同年七月一日に小笠原兵団長を兼任する。昭和二十(1945)年二月十六日に硫黄島の戦いが開戦する。同年二月十九日にアメリカ軍が上陸開始する。同年三月十六日に大本営に訣別電報を打電する。同年三月十七日に戦死と認定される。特旨をもって陸軍大将に親任される。同年三月二十六日に日本軍守備隊最後の組織的総攻撃を指揮して栗林忠道は戦死したとされる。五十三年の生涯を終えた。