山路愛山

概要

山路愛山(やまじあいざん)元治元年甲子(きのえね1)十二月二十六日(1865年1月23日)生誕 -大正六(1917)年三月十五日逝去(五十二歳)は、明治から大正初期の評論家、歴史家。本名は彌吉。愛山は号。

経歴

 元治元年甲子(きのえね1)十二月二十六日(1865年1月23日)に江戸浅草の天文屋敷で幕臣の父・山路一郎と母・けい子の子として誕生。

 愛山は初め漢学修め、静岡警察署の雇吏となりつつ、学問を好んだ。明治十九(1886)年十月三十一日に静岡教会で洗礼を受ける。愛山は静岡バンドの一員となる。明治二十一年(1888年)に東洋英和学校神学部に入学。明治二十三年(1890年)に東洋英和学校神学部卒業。

 明治二十四年(1891年)にキリスト教メソジスト派の雑誌『護教』の最初の主筆となる。明治二十六年(1893年)に民友社より『荻生徂徠』を刊行。明治二十七年(1894年)に『新井白石』を刊行。

  明治三十七(1904)年二月に日露戦争勃発と同時に『日露戦争實記』を発刊し、「草木皆兵」を論じ、愛国心の鼓舞につとめた。明治三十八(1905)年二月に『孔子論』を出版。以降明治四十一(1908年)に至るまで中国思想史に関する論文が連続『獨立評論』に掲載されている。

明治四十二年(1909年)に『足利尊氏』『加藤清正』『豊太閤』『源頼朝』。明治四十三年(1910年)に『西郷隆盛』 など英雄列伝を発表。明治同年十月に『武家時代史論』を発表。明治四十四年(1911年)に『勝海舟』、『佐久間象山』を発表している。

 大正二年(1913年)に『為朝論 附・義経論』『日本歴史 家庭講話』『書斎独語』『愛山史論』を刊行。同年頃より未完の『日本人民史』の著作の準備をはじめ、『獨立評論』を再興し、その言論活動は晩年まで活発であった。大正三年(1914年)に『偉人論』 『岩崎弥太郎』 『現代富豪論』、大正四年(1915年)に『徳川家康』 を刊行。

 大正六(1917)年三月十五日に山路愛山は逝去。五十二年の生涯を終えました。


三国志演義 第一巻
三国志演義 第二巻
三国志演義 第三巻
三国志演義 第四巻
三国志演義 第五巻
三国志演義 第六巻
三国志演義 第七巻
三国志演義 第八巻
三国志演義 第九巻
三国志演義 第十巻
三国志演義 Ⅰ

土地建物無料査定