田中角栄

概要

 田中角栄(たなかかくえい) 大正七(1918)年戊午(つちのえうま55)五月四日生誕 -平成五(1993)八月十三日逝去(七十五歳)は、政治家 、実業家。

経歴

  大正七(1918)年戊午(つちのえうま55)五月四日に田中角栄は新潟県刈羽郡二田村大字坂田(現、柏崎市)で父・田中角次と母・フメの二男として誕生する。

 昭和八年(1933年)に二田高等小学校(現:柏崎市立二田小学校)を卒業する。 昭和九(1933)年三月に上京して井上工業に 住み込みで働きながら、神田の中央工学校土木科(夜間部)に通う。

  昭和十一(1936)年三月に 中央工学校土木科を卒業する。 昭和十二(1937年)に「共栄建築事務所」を設立する。 昭和十八(1943)年十二月に田中土建工業を設立する。

  昭和二十二(1947)年四月に第23回総選挙で新たに設定された中選挙区制の新潟3区(定数5)から、進歩党が改組した民主党公認で立候補して12人中3位(39,043票)で当選する。

  昭和三十二(1957)年七月に第1次岸改造内閣で郵政大臣に就任する。 昭和四十(1965)年六月に大蔵大臣を辞任して自由民主党の幹事長に就任する。 昭和四十七(1972)年七月六日に第一次田中内閣が成立する。 昭和四十九(1974)年十二月九日に内閣総辞職となる。

  昭和五十一(1976)年二月 にロッキード事件が発生する。 昭和五十八(1983)年十月にロッキード事件の一審判決が行われる。懲役4年、追徴金5億円の実刑判決を受ける。 平成五(1993)八月十三日に田中角栄は逝去。七十五年の生涯を終えた。

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