東郷青児

概要

 東郷青児(とうごうせいじ) 明治三十(1897)年丁酉(ひのととり34)四月二十八日生誕 -昭和五十三(1978)年四月二十五日逝去(八十歳)は、洋画家。

経歴

  明治三十(1897)年丁酉(ひのととり34)四月二十八日 に東郷青児は 鹿児島県鹿児島市稲荷馬場町(現、鹿児島市 稲荷町)で誕生する。

 大正三年(1914年)に青山学院中等部を卒業する。竹久夢二が開いた「港屋絵草紙店」に出入りし、下絵描きなどを手伝う。大正四年(1915年)に 山田耕筰の東京フィルハーモニー赤坂研究所の一室で制作する。日比谷美術館で初個展を開く。有島生馬を知り、以後師事する。

  大正十三年(1924年)に ギャラリー・ラファイエット百貨店のニース支店とパリ本店で装飾美術のデザイナーとして働く。昭和四(1929)年二月に既婚のままに中村修子と結婚披露宴を挙げる。同年三月に愛人の西崎盈子と頸動脈を切り、ガス自殺をはかる。

 宇野千代と同棲を始める。宇野の『色ざんげ』は東郷をモデルにした主人公が自らの情死未遂事件を語るというもので、のちに東郷は「この作品は最後の一行まで僕の話したことだ」と語っている。

  昭和八年(1929年)に宇野千代と別れ、妻の明代とも離婚する。情死未遂事件の相手、 西崎盈子と翌年結婚する。 昭和三十二年(1957年)に岡本太郎と共に日活映画『誘惑』に西郷赤児役で特別出演する。日本芸術院賞を受賞する。 昭和五十三(1978)年四月二十五日に東郷青児は逝去。八十年の生涯を終えた。

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