土光敏夫

概要

 土光敏夫(どこうとしお) 明治二十九(1896)年丙申(ひのえさる33)九月二十一日生誕 -昭和六十三(1988)年八月四日薨去(九十一歳)は、エンジニア、実業家。

経歴

 明治二十九(1896)年丙申(ひのえさる33)九月二十一日に土光敏夫は岡山県御野郡大野村(現、岡山市北区)で肥料仲買商の父・土光菊次郎と母・登美夫妻の次男として誕生する。

 関西中学(現、関西高等学校)を卒業する。代用教員をしながら東京高等工業学校(現、東京工業大学)機械科に入学する。大正九年(1920年)に東京石川島造船所(現・IHI)に入社する。大正十一年(1922年)にタービン製造技術を学ぶためスイスに留学する。

 昭和十一年(1936年)に芝浦製作所(現、東芝)と共同出資による石川島芝浦タービン(現:IHIシバウラ)が設立されると技術部長として出向する。昭和二十一年(1946年)に同社の社長に就任する。

 昭和二十五年(1950年)に経営の危機の本社に復帰する。土光は社長に就任し再建に取り組む。徹底した合理化で経営再建に成功する。昭和三十五年(1960年)に播磨造船所と合併し石川島播磨重工業に社名を変更する。

 昭和四十年(1965年)に経営難に陥っていた東京芝浦電気(東芝)の再建を依頼され、土光は社長に就任する。昭和四十九年(1974年)に日本経済団体連合会(経団連)第4代会長に就任する。昭和五十六年(1981年)に鈴木善幸首相、中曾根康弘行政管理庁長官に請われて第二次臨時行政調査会長に就任する。 昭和六十三(1988)年八月四日に土光敏夫は薨去。九十一年の生涯を終えた。

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