堤康次郎

概要

 堤康次郎(つつみやすじろう)明治二十二(1889)年己丑(つちのとうし26)三月七日生誕 -昭和三十九(1964)年四月二十六日薨去(七十五歳)は、実業家、政治家。

経歴

 明治二十二(1889)年己丑(つちのとうし26)三月七日に堤康次郎は滋賀県愛知郡八木荘村大字下八木(現、滋賀県愛知郡愛荘町)で農業兼麻仲買商の父・堤猶次郎と母・みをの長男として誕生する。

明治三十五(1902)年三月に八木荘小学校高等科を卒業する。農業に従事する。明治三十九年(1906年に京都の海軍予備学校へ入学する。明治四十年(1907年)に海軍予備校を卒業する。郡役所に勤める。

 明治四十二年(1909年)に上京して早稲田大学政治経済学部に入学する。大正二(1913)年三月に早稲田大学政治経済学部を卒業する。同年、雑誌『新日本』を経営する。大正四年(1915年)に『新日本』の経営に失敗する。

 大正五(1916)年四月に千代田ゴム株式会社の専務となる。大正六年(1917年)に東京ゴムを設立する。大正八年(1919年)に箱根開発に着手する。強羅に10万坪の土地を買う。大正九(1920)年三月に箱根土地株式会社を設立する。箱根、軽井沢の開発を行う。目白文化村の分譲を行う。

 大正十二(1923)年十二月に駿豆鉄道を経営する。関東大震災後に富豪や華族のもっていた大邸宅の分譲を行う。渋谷百軒店を開設する。大正十三年(1924年)に衆議院議員に当選する。

 昭和七(1932)年六月に斎藤実内閣で拓務政務次官に就任する。昭和二十一(1946)年一月に公職追放となる。昭和二十六(1951)年八月に追放解除となる。昭和二十八(1953)五月に衆議院議長に就任する。昭和三十九(1964)年四月二十六日に堤康次郎は薨去。七十五年の生涯を終えた。


三国志演義 第一巻
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三国志演義 第十巻
三国志演義 Ⅰ

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