小沢治三郎

概要

 小沢治三郎( おざわじさぶろう)明治十九(1886)年丙戌(ひのえいぬ23)十月二日生誕 -昭和四十一(1966)年十一月九日逝去(八十歳)は、海軍軍人。最終階級は海軍中将。

経歴

 小沢治三郎( おざわじさぶろう)明治十九(1886)年丙戌(ひのえいぬ23)十月二日に小沢治三郎は宮崎県児湯郡高鍋町24 で元高鍋藩士の父・小沢寅太郎と母・ヤツの次男として誕生する。

 明治三十九年(1906年)に第七高等学校工科に合格する。同年十一月に第七高等学校工科を退学して、海軍兵学校37期生として入学する。明治四十三(1910)年十二月十五日に海軍少尉に任官する。装甲巡洋艦「春日」に乗組む。

 大正元(1912)年十二月一日に海軍中尉に進級する。大正四(1915)年十二月十三日に海軍大尉に進級する。大正五(1916)年十二月一日に海軍大学校乙種学生となる。大正八(1919)年十二月一日に海軍大学校甲種学生となる。

 大正十(1921)年十二月一日に海軍少佐に進級する。大正十五(1926)五月七日に連合艦隊兼第一艦隊参謀に就任する。同年十二月一日に海軍中佐に進級する。昭和五(1930)年十二月一日に海軍大佐に進級する。第一駆逐隊司令に就任する。

 昭和六(1931)年十二月一日に海軍大学校教官に就任する。昭和九(1934)年十一月十五日に重巡洋艦「摩耶」艦長に就任する。昭和十(1935)年十月二十八日に戦艦「榛名」艦長に就任する。

 昭和十一(1936)年十二月一日に海軍少将に進級する。昭和十二(1937)年二月十八日に連合艦隊兼第一艦隊参謀長に就任する。昭和十四(1939)年十一月十五日に第一航空戦隊司令官に就任する。

 昭和十五(1940)年十一月十五日に海軍中将に進級する。昭和十六(1941)年九月六日に海軍大学校校長に就任する。昭和十七(1942)年一月三日に第一南遣艦隊司令長官に就任する。同年十一月十一日に第三艦隊司令長官に就任する。

 昭和十九(1944)年三月一日に第一機動艦隊司令長官に就任する。同年十一月十八日に軍令部次長に就任する。昭和二十(1945)年五月二十九日に海軍総司令長官・連合艦隊司令長官・海上護衛司令長官に就任する。

 昭和二十(1945)年十月十日に予備役編入となる。昭和三十(1955)年九月二十四日に防衛庁顧問に就任する。昭和四十一(1966)年十一月九日に小沢治三郎は逝去。八十年の生涯を終えた。


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三国志演義 Ⅰ

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