山下奉文

概要

 山下奉文(やましたともゆき)明治十八(1885)年乙酉(きのととり22)十一月八日生誕 -昭和二十一(1946)二月二十三日薨去(六十歳)は、陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。位階勲等は従三位勲一等功三級。

経歴

 明治十八(1885)年乙酉(きのととり22)十一月八日に山下奉文は高知県長岡郡大杉村(現、高知県長岡郡大豊町)で開業医の父・佐吉と母・由宇の次男として誕生する。

 明治三十三(1900)年九月一日に 広島陸軍地方幼年学校に入学する(第4期生)。明治三十六(1903)九月一日に陸軍中央幼年学校に入学する。明治三十八(1905)年十一月二十五日に陸軍士官学校を卒業する(18期)。

 明治三十九(1906)年六月二十六日に歩兵少尉に進級する。歩兵第11連隊附となる。明治四十一(1908)年十二月に 陸軍歩兵中尉に進級する。大正二(1913)年十二月十三日に陸軍大学校に入学する。大正五(1916)年五月に 陸軍大尉に進級する。同年十一月二十五日に陸軍大学校を卒業する(28期優等)。

 大正六(1917)年二月に歩兵第11連隊中隊長となる。同年八月に参謀本部附に勤務する。大正八(1919)年四月に駐スイス公使館付武官補佐官に就任する。大正十(1921)年七月にドイツに駐在する。

 大正十一(1922)年二月に帰国する。陸軍歩兵少佐に進級する。同年七月二十二日に陸軍技術本部附兼軍務局課員に就任する。大正十四(1925)年八 月に陸軍歩兵中佐に進級する。大正十五(1926)年三月十六日に 陸軍大学校教官に就任する。昭和四(1929)年八月一日に 陸軍歩兵大佐に進級する。

 昭和九(1934)年八月一日に 陸軍少将に進級する。昭和十二(1937)年八月二十六日に志那駐屯混成旅団長に就任する。同年十一月一日に 陸軍中将に進級する。昭和十四(1939)年九月二十三日に第4師団長に親補される。昭和十七(1942)年七月一日に第1方面軍司令官に親補される。昭和十八(1943)年二月十日に陸軍大将に親任される。

 昭和二十(1945)年八月十五日の終戦後、山下奉文は同年九月一日に第14方面軍司令官として山中からキアンガンの町に降りてきて降伏した。同年十二月七日にマニラ軍事裁判で死刑判決を受ける。昭和二十一(1946)年二月二十三日に絞首刑に処される。山下奉文は六十年の生涯を終えた。


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三国志演義 Ⅰ

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