板垣征四郎

概要

 板垣征四郎(いたがきせいしろう)明治十八(1885)年乙酉(きのととり22)一月二十一日生誕 -昭和二十三(1948)年十二月二十三日薨去(六十三歳)は、陸軍軍人。最終階級は陸軍大将。栄典勲等功級は正三位勲一等功二級。満州国軍政部最高顧問、関東軍参謀長、陸軍大臣。

経歴

 明治十八(1885)年乙酉(きのととり22)一月二十一日に板垣征四郎は岩手県岩手郡沼宮内村(現・岩手県岩手郡岩手町)で父・板垣政徳の子として誕生する。

 明治二十四年(1891年)に沼宮内尋常小学校に入学する。明治三十年(1897年)に岩手尋常中学校(現、岩手県立盛岡第一高等学校)に入学する。明治三十二年(1899年)に仙台陸軍幼年学校に入校する。明治三十四年(1901年)に陸軍中央幼年学校に入校する。

 明治三十六年(1903年)に陸軍士官学校に入校する。明治三十七(1904)年十月に 陸軍士官学校を卒業する(16期)。同年十一月に歩兵として陸軍歩兵少尉に任官する。同年十二月に日露戦争に従軍する。

 大正五(1916)年十一月に 陸軍大学校を卒業する(28期)。歩兵第4連隊中隊長となる。大正九(1920)年四月に陸軍歩兵少佐に昇進する。大正十(1921)年四月に歩兵第47連隊大隊長となる。

大正十二(1923)年八月に陸軍歩兵中佐に昇進する。昭和三(1928)年三月八日に陸軍歩兵大佐に昇進する。昭和七(1932)年八月八日に陸軍少将に昇進する。関東軍司令部附(満州国執政顧問)となる。昭和十一(1936)年3月23日に 関東軍参謀長に就任する。同年4月28日に陸軍中将に昇進する。

 昭和十二(1937)年三月一日に第5師団長となる。同年五月八日に勲一等瑞宝章を叙勲する。昭和十三(1938)年六月三日に第46代陸軍大臣兼対満事務局総裁に就任する。昭和十四(1939)年一月五日に第47代陸軍大臣に就任する。同年九月四日に支那派遣軍総参謀長に就任する。

 昭和十六(1941)年七月七日に陸軍大将に昇進する。朝鮮軍司令官に就任する。昭和二十(1945)年に板垣は第7方面軍司令官としてシンガポールで終戦を迎える。イギリス軍に身柄を拘束される。昭和21年(1946)年四月に連合国によりA級戦犯指定され、同年5月3日に空路東京へ移送された。

 昭和二十三(1948)年十二月二十三日に板垣征四郎は巣鴨プリズンで絞首刑により薨去。六十三年の生涯を終えた。


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