ジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes)

概要

 ジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes)1883(明治16)年癸未(みずのとひつじ20)6月5日生誕- 1946(昭和21)年4月21日逝去。(62歳)は、イギリスの経済学者、官僚。イングランド、ケンブリッジ出身。経済学者の代表的存在。経済学の大家アルフレッド・マーシャルの弟子であり、論敵アーサー。セシル・ピグーとは兄弟弟子。

経歴

 1883(明治16)年癸未(みずのとひつじ20)6月5日にケインズは父・ジョン・ネブィル・ケインズ(ケンブリッジ大学の経済学者)と母・フローレンスとの間に誕生する。

 1905年ケンブリッジ大学キングス・カレッジを卒業する。卒業後3年間インド省に勤務する。1909年にケンブリッジ大学のフェローとなり、金融論を担当する。1915年に大蔵省に勤務して「パリ講和会議」の大蔵省主席代表となる。

 第一次世界大戦(1914年7月28日-1918年11月11日)の後、イギリスの金本位制度復帰問題について反対する。管理通貨制度(通貨量を金保有量の増減で決定することを停止して、通貨管理当局の自由な裁量によって調節する制度)を主張した。

 1936年に『雇用・利子および貨幣の一般理論(The General Theory of Employment,Interest,and Money 1936』を著作する。

 当時の古典派経済学では、市場は自律的に調整されるため最終的あるいは長期的には失業は存在しないとされていた。しかし、現実には1929年の世界恐慌は、未曽有の大量失業が発生して古典派経済学理論と現実との乖離が指摘された。ケインズは一般理論で「需要によって生産水準が決定され、それが失業を発生させる」ことを明らかにし、経済状況を改善して失業を解消するために、政府による財政政策及び金融政策などさまざまな面からの政策の必要性を説き、その理論的根拠を与えた。

 ケインズは、大不況下では金融政策は効果的ではなく、消費を直接的に増やす財政支出政策が最も効果があると主張した。ケインズの有効需要創出の理論は大恐慌に苦しむアメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領によるニューディール政策の強力な後ろ盾となる。

 ケインズは投資家としても成功しており、株式投資を「美人コンテスト」に例えて「個々の判断に基づく投資よりも投資家集団の好みを考慮すべきである」と言っている。1946(昭和21)年4月21日にジョン・メイナード・ケインズは逝去。62年の生涯を終えた。


三国志演義 第一巻
三国志演義 第二巻
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三国志演義 第四巻
三国志演義 第五巻
三国志演義 第六巻
三国志演義 第七巻
三国志演義 第八巻
三国志演義 第九巻
三国志演義 第十巻
三国志演義 Ⅰ

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