岩崎小弥太

概要

 岩崎小弥太(いわさきこやた)明治十二(1879)年己卯(つちのとう16)八月三日生誕 -昭和二十(1945)年十二月二日薨去(六十六歳)は、実業家。三菱財閥の4代目総帥。男爵。

経歴

 明治十二(1879)年己卯(つちのとう16)八月三日に東京府(東京都)で父・2代目岩崎弥之助(岩崎弥太郎の弟)と後藤象二郎の長女の母・早苗の長男として誕生する。

 明治二十四年(1891年)に高師附属小学校(現・筑波大学附属小学校)を卒業。明治二十九年(1896年)に高師附属中学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)を卒業。同年旧制第一高等学校に入学する。一高を経て明治三十二年(1899年)に東京帝国大学法科大学に入学するが翌年の明治三十三(1900年)に中退する。

明治三十八年(1905年)にケンブリッジ大学を卒業し、翌年の明治三十九年(1906年)に帰国して三菱合資会社の副社長となり、明治四十一年(1908年)に父弥之助の死去に伴い男爵を継承して大正五年(1916年)に従兄である3代目岩崎久弥(弥太郎の長男)の後を継いで社長に就任して三菱財閥の4代目となる。

 社長就任後は拡大戦略をとり、大正六年(1917年)から各事業部を株式会社として独立させることにより、三菱財閥の形態を完成させた。大正七年(1918年)の大学令公布により早稲田大学が基金の募集に奔走した折にも最も多い十万円の寄附を行った。この貢献により大正十三(1924)年十二月に、大学は久弥、小弥太の両人に早稲田大学校賓の称号を贈る。

 昭和二十(1945)年八月の日本の敗戦時には病の床にあり、GHQの圧力による財閥解体に最後まで抵抗した。昭和二十(1945)年十二月二日に岩崎小弥太は薨去。六十六年の生涯を終えました。


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