菊池武夫

概要

 菊池武夫(きくちたけお)明治八(1875)年乙亥(きのとい12)七月二十三日生誕 -昭和三十(1955)年十二月一日逝去(八十歳)は、陸軍軍人、政治家。貴族院議員(男爵議員)。陸軍中将功四級男爵。

経歴

 明治八(1875)年乙亥(きのとい12)七月二十三日に熊本県菊池郡で旧米良領主の男爵の父・菊池武臣の嗣子として誕生。

 学習院中等科、陸軍幼年学校を経て、明治二十九(1896)年五月二十七日に陸軍士官学校(7期)を卒業する。明治三十(1897)年一月二十五日に陸軍歩兵少尉に任官する。

 明治三十七(1904)年六月に日露戦争に出征する。陸軍歩兵大尉に進級する。明治三十九(1906)年十一月に陸軍大学校(18期)を卒業する。参謀本部に出仕する。大正二(1913)年八月に陸軍大学校教官に就任する。

 大正八(1919)年三月三十一日にヨーロッパへ私費留学する。同年五月に男爵を襲爵する。大正九(1920)年三月十五日に帰国する。同年八月十日に歩兵第64連隊長に就任する。昭和二(1927)年三月五日に陸軍中将に昇進する。同年七月二十日に予備役編入となる。

 昭和六(1931)十一月に貴族院議員となる。昭和九年(1934年)に商工大臣中島久万吉が雑誌「現在」に執筆した「足利尊氏」において中島が「逆賊」である尊氏を礼賛しているとして議会において糾弾し辞任においこむ。昭和十(1935)年二月に帝国議会で美濃部達吉(当時東京帝国大学法学部教授)が唱え、当時の憲法学の通説だった天皇機関説を批判する(天皇機関説事件)。

 昭和二十(1945)年十二月にA級戦犯容疑で逮捕される。昭和二十一(1946)八月に釈放される。昭和三十(1955)年十二月一日に菊池武夫は逝去。八十年の生涯を終えました。


三国志演義 第一巻
三国志演義 第二巻
三国志演義 第三巻
三国志演義 第四巻
三国志演義 第五巻
三国志演義 第六巻
三国志演義 第七巻
三国志演義 第八巻
三国志演義 第九巻
三国志演義 第十巻
三国志演義 Ⅰ

土地建物無料査定

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA