下村観山

概要

 下村観山(しもむらかんざん)明治六(1873)年癸酉(みずのととり10)四月十日生誕-昭和五(1930)年五月十日逝去(五十七歳)は、明治から 昭和初期の日本画家。本名は晴三郎。

経歴

 明治六(1873)年癸酉(みずのととり10)四月十日に、和歌山県和歌山市小松原通5丁目で紀州藩に仕える小鼓方幸流の能楽師の三男として誕生する。明治十四年(1881年)に一家で東京へ移住する。父は篆刻や輸出象牙彫刻を生業とし、兄2人も後に豊山、栄山と名乗る彫刻家となる。

 観山は祖父の友人だった藤島常興に絵の手ほどきを受ける。常興は狩野芳崖の父・狩野晴皐の門人だったことから、芳崖に観山を託す。観山初期の号「北心斎東秀」は芳崖が授けたとされる。

 明治二十二(1889年)に東京美術学校(現・東京藝術大学)に第一期生として入学。卒業後は同校で教えていたが、1898年に岡倉天心が野に下ったときに行動を共にして横山大観、菱田春草とともに日本美術院の創設に参加した。明治三十六(1903)年二月二十一日に文部省留学生として渡英のため横浜を出航し、同年十二月十日に帰国する。

 明治三十九年(1906年)に天心が日本美術院を茨城県北部の五浦海岸へ移した際、大観、春草、木村武山らとともに同地へ移住し画業を深めた。大正六(1917)年六月十一日に帝室技芸員となる。昭和五(1930)年五月十日に下村観山は逝去。五十七年の生涯を終えた。


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