西田幾多郎

概要

 西田幾多郎(にしだきたろう)明治三年庚午(かのえうま7)四月十九日(1870年5月19日)生誕-昭和二十(1945)年六月七日逝去(七十五歳)は、哲学者。京都大学名誉教授。京都学派の創始者。学位は文学博士。(京都大学)大正二年(1913年)。

経歴

 明治三年庚午(かのえうま7)四月十九日(1870年5月19日)に加賀国河北郡森村(現、石川県かほく市森)で父・西田得登(やすのり)と母・寅三(とさ)の長男として誕生。

 明治十七年(1884年)に石川県師範学校予備科を卒業する。明治二十一年(1888年)第四高等中学校予科を修了する。明治二十七年(1894年)帝国大学文科大学哲学科選科を修了する。明治二十八年(1895年) 石川県能登尋常中学校七尾分校教諭に就任する。明治二十九年(1896年)第四高等学校講師に就任する。

 明治三十年(1897年)頃から参禅への関心が高まり、洗心庵の雪門玄雪敵水、広州、虎関の諸禅師に就き禅を学ぶ。明治三十二(1899) 三月に山口高等学校教授に就任する。同年七月に第四高等学校教授に就任して、心理、論理、倫理、ドイツ語を担当し「デンケン(考える)先生」と親しまれる。臥龍山雪門老師に参禅する。

 明治三十四年(1901年)に 雪門老師から寸心居士の号を受ける。明治四十二年(1909年)に吉村寅太郎校長と反目が続き四高を去る。同年七月に学習院教授に就任する。同年十月に日本大学講師に就任する。明治四十三(1910)年四月に豊山大学(現、大正大学)講師に就任する。同年八月三十一日に京都帝国大学文科大学助教授に就任する。

 大正二(1913)年八月に京都帝国大学文科大学教授に就任する。同年十二月に文学博士を授与される。大正三年(1914年)に 宗教学講座担当を免じ、哲学、哲学史第一講座担任を命じられる。昭和二年(1927年)に帝国学士院会員となる。昭和三年(1928年) 京都帝国大学停年退職。昭和四(1929)年二月一日に 京都帝国大学名誉教授を授与される。

 昭和八年(1933年)に慶応義塾大学文学部講師に就任する。昭和十五(1940)年十一月十日に文化勲章を受章する。興亜工業大学(現、千葉工業大学)の設立に参画する。昭和二十(1945)年六月七日に西田幾多郎は逝去。七十五年の生涯を終えました。


三国志演義 第一巻
三国志演義 第二巻
三国志演義 第三巻
三国志演義 第四巻
三国志演義 第五巻
三国志演義 第六巻
三国志演義 第七巻
三国志演義 第八巻
三国志演義 第九巻
三国志演義 第十巻
三国志演義 Ⅰ

土地建物無料査定

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA