島津源蔵(初代)

概要

 島津源蔵(しまづげんぞう)天保十年己亥(つちのとい36)五月十五日(1839年6月25日)生誕 -明治二十七(1894)年十二月八日逝去(五十五歳)は、江戸時代末期から明治時代にかけての商人、実業家、発明家。島津製作所の創業者である。

経歴

 天保十年己亥(つちのとい36)五月十五日(1839年6月25日)に京都の醒ヶ井魚棚(さめがいうおだな:現、堀川六条付近)で仏具の製造をしていた島津清兵衛の次男として誕生。家業を治め、万延元年(1860年)に木屋町二条に出店した。この地は高瀬川の船便の終点に近く、当時の重要な流通拠点であった。

 明治八(1875)年三月三十一日に教育用理化学機器の製造を始め、島津製作所を創業した。明治十年(1877年)の第一回内国勧業博覧会では錫製の医療用ブーシーを出展し、内務卿・大久保利通から褒状を受けている。また、同年に京都府は科学思想啓発のために国内初の有人気球を計画し、源蔵はその実行責任者となった。 

 島津源蔵は明治二十七(1894)年十二月八日に逝去。五十五年の生涯を終えました。


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