樺山資紀

概要

 樺山資紀(かばやますけのり)天保八年丁酉(ひのととり34)十一月十二日(1937年12月9日)生誕 -大正十一(1922)年二月八日薨去(八十四歳)は、江戸時代末期の薩摩藩士。明治時代の陸軍及び海軍軍人。政治家。階級は海軍大将。栄典は従一位大勲位功二級伯爵。

経歴

 天保八年丁酉(ひのととり34)十一月十二日(1937年12月9日)に薩摩国鹿児島城下加治屋町二本松馬場に薩摩藩士・橋口与三次兼器の三男に誕生。覚之進と名づけられ育てられる。のちに同藩士、樺山四郎左衛門の養子となる。

 薩英戦争・戊辰戦争に従軍の後、明治四年(1871年)に陸軍少佐に任ぜられ、明治五年(1872年)より南清に出張、台湾出兵に従軍。西南戦争では熊本城を死守する。その後警視総監兼陸軍少将に昇進するが、海軍へ転じ、明治十六年(1883年)に海軍大輔、明治十九年(1886年)に海軍次官となる。

 国政では明治二十三年(1890年)から同二十五年(1892年)にかけての第一次山縣内閣と第一次松方内閣で海軍大臣をつとめる。日清戦争直前に海軍軍令部長に就任する。明治二十八年(1895年)に海軍大将に昇進する。同年五月十日、初代台湾総督に就任、台北に総督府を開庁する。

 大正十一(1922)年二月八日に樺山資紀は八十四年の生涯を終えました。


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