孝明天皇

孝明天皇

概要

 孝明天皇(こうめいてんのう)天保二年辛卯(かのとう28)六月十四日(1831年7月22日)生誕 – 慶応二年丁卯(ひのとう4)十二月二十五日(1867年1月30日)崩御(三十五歳)は、第百二十一代天皇。諱は統仁(おさひと)。称号は煕宮(ひろのみや)。

経歴

 天保二年辛卯(かのとう28)六月十四日(1831年7月22日)に仁孝天皇の第四皇子として誕生。煕宮(ひろのみや)と命名されました。

 天保六年九月十八日(1835年11月8日)に親王宣下により統仁親王となりました。天保十一年三月十四日(1840年4月16日)に立太子の儀が行われ皇太子となりました。弘化三年一月二十六日(1846年2月21日)に仁孝天皇が崩御。弘化三年二月十三日(1846年3月10日)に践祚(せんそ)しました。弘化四年九月二十三日(1847年10月31日)に即位の大礼が行われました。

仁孝天皇

 嘉永七年三月三日(1854年3月31日)に日米和親条約が締結されました。黒船来航、大地震(改元後も大地震が続発し一連の地震は安政の大地震と呼ばれる)、内裏炎上と続いたため、嘉永三年十一月二十七日(1855年1月15日)に元号を安政と改元しました。

 安政四年十月二十一日(1857年12月7日)にアメリカ総領事のタウンゼント・ハリスが日米修好通商条約の調印を求めて、十三代将軍徳川家定に謁見して親書を読み上げました。堀田正睦が上洛して孝明天皇から条約調印の勅許(ちょっきょ)を求めました。安政五年三月十二日(1858年4月25日)に条約調印に反対する攘夷派公卿たちが廷臣八十八卿列参事件(ていしんはちじゅうはちきょう れっさんじけん)を起こし、勅許は却下されました。天皇自身も強硬な攘夷論者でした。朝廷は、同年三月二十日(同年5月3日)に堀田老中は御三家及び大名の意見をとりまとめ再奏するようにとの沙汰を出しました。

タウンゼント・ハリス
徳川家定
堀田正睦

 安政五年四月二十一日(1858年6月2日)に孝明天皇からの条約勅許獲得に失敗した堀田正睦が江戸に戻りました。同年四月二十三日(同年6月4日)に溜詰筆頭の井伊直弼が大老に就任しました。

井伊直弼

 松平忠固は即時条約調印を主張しました。井伊直弼は「勅許を得るまで調印を延期するよう努力せよ」と指示しましたが、列強から侵略戦争を仕掛けられる最悪の事態に至るよりは、勅許をまたずに調印することも可としたため、安政五年六月十九日(1858年7月29日)に、朝廷の勅許無しに日米修好通商条約が調印されました。

 条約調印に関する奉書は安政五年六月二十七日(1858年8月6日)に京都へ着き、朝廷では評議が開かれたが、孝明天皇は大変怒っていた様子であったと関白九条尚忠が日記に書いている(九条関白自身はこの会議へ出席しなかった)。

九条尚忠

 孝明天皇は、安政五年六月二十八日(1858年8月7日)の評議で九条関白に譲位の意思を示しました。驚愕した公家一同は関東より御三家、大老・井伊直弼を上京させ事態の顛末を説明をする段取りをつけるとして譲位を諌止しました。

 安政五年七月六日(1858年8月14日)に大老と親藩の上京を求めた勅書が江戸につきました。幕府は同年七月七日(同年8月15日)に井伊大老は多忙のため、御三家の当主は処罰したため上京はできないと答書を作成しました。京都所司代・酒井忠義と老中・間部詮勝を上京させると京都へ答書を送りました。

間部詮勝

 安政五年七月六日(1858年8月14日)に十三代将軍徳川家定が薨去されました。同年十月二十五日(同年11月30日)に徳川慶福が14代将軍に就任して、名を家茂に改めました。

徳川家茂

 万延元年四月十二日(1860年6月1日)の幕府の命を受けた酒井所司代は和宮の将軍家降嫁を奏請しました。孝明天皇は、鎖国と攘夷実行の条件を付けての承知の意を示しました。和宮は繰り返し降嫁を拒否しました。文久二年二月十一日(1862年3月11日)に和宮と徳川家茂は結婚しました。

和宮

 文久三年三月四日(1863年4月21日)に徳川家茂が、三代将軍・徳川家光以来となる上洛をしました。孝明天皇は家茂と攘夷祈願のために賀茂神社や石清水八幡宮に行幸しました。

 慶応二年六月七日(1866年7月18日)に幕府軍の第二次長州征討が始まりました。同年七月二十日(同年8月29日)に家茂は大坂城で脚気衝心のため薨去しました。

 孝明天皇は、幕府、一橋家、会津藩、桑名藩、薩摩藩、長州藩等の諸藩、公家・志士達の権力を巡る争奪戦に巻き込まれていきました。このような状況の中で、次第に公武合体の維持を望む天皇の考えに批判的な人々からは、天皇に対する批判が噴出するようになりました。

 孝明天皇は慶応二年十二月二十五日(1867年1月30日)に崩御されました。三十五年の生涯でした。

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