大山綱良

  大山 綱良      

概要

 大山綱良(おおやまつなよし)文政八年乙酉(きのととり 22)十一月六日(1825年12月15日)生誕-明治十(1877)年九月三十日逝去(五十一歳)は、薩摩藩士、政治家。

経歴

 文政八年乙酉(きのととり 22)十一月六日(1825年12月15日)に大山綱良はて鹿児島で父・樺山善助の次男とし誕生する。幼名は熊次郎。嘉永二(1849)年十二月二十六日に大山四郎助の婿養子となる。

 西郷隆盛や大久保利通らと精中組に所属する。文久二年四月十六日(1862年5月14日)に大山は薩摩藩の島津久光が公武合体運動推進のため兵を率いて上洛したさいに随行する。同年四月二十三日(同年5月21日)に薩摩藩尊皇派の過激派藩士の粛清に加わり、大山は中心的役割を果たした(寺田屋事件)。

西郷隆盛
大久保利通
島津久光

 明治元年(1868年)の戊辰戦争で、大山は奥羽鎮撫総督府の下参謀に就任する。大山率いる新政府軍は庄内戦で庄内藩の反撃にあい連戦連敗した。

 新政府では廃藩置県後に鹿児島県の大参事、権令(県令)となる。明治六年(1873年)に西郷隆盛らが新政府を辞職して鹿児島へ帰郷した。大山が県令を務める鹿児島県は新政府に租税を納めず、その一方で私学校党を県官吏に取り立て、鹿児島県はあたかも独立国家の様相を呈した。明治十年(1877年)に鹿児島で西郷らが挙兵した西南戦争で官金を西郷軍に提供する。大山はその罪を問われて逮捕される。

 西南戦争で西郷軍が敗北し、明治十(1877)年九月三十日大山綱良は長崎で斬首される。五十一年の生涯を終えた。

参考文献

バイリンガル・コミックス 一外国人の見た西郷隆盛と西南戦争 Saigo Takamori and the Seinan War (KODANSHA BILINGUAL COMICS)


三国志演義 第一巻
三国志演義 第二巻
三国志演義 第三巻
三国志演義 第四巻
三国志演義 第五巻
三国志演義 第六巻
三国志演義 第七巻
三国志演義 第八巻
三国志演義 第九巻
三国志演義 第十巻
三国志演義 Ⅰ

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