中御門経之

中御門経之

概要

 中御門経之(なかのみかどつねゆき)文政三年辛巳(かのとみ18)十二月十七日(1821年1月20日)生誕-明治二十四(1891)年八月二十七日薨去(七十歳)は、江戸時代末期から明治期にかけての公卿。華族。

経歴

 文政三年辛巳(かのとみ18)十二月十七日(1821年1月20日)に中御門経之は父・坊城俊明の五男として誕生する。中御門資文の養嗣子となる。

 安政五年三月十二日(1858年4月25日)に通商条約勅許問題が起こる。経之は88人の反対グループ、廷臣八十八卿(ていしんはちじゅうはちきょう)の一人となる。経之は岩倉具視と手を結んで討幕派公卿の一人となる。

岩倉具視

 慶応二年(1866年)に佐幕派の関白・二条斉敬(にじょうなりゆき)と久邇宮朝彦親王(くにのみやあさひこしんのう)を弾劾する。親王を厚く信任していた孝明天皇が経之を閉門処分に処す。

二条斉敬
久邇宮朝彦親王
孝明天皇

 慶応二年十二月二十五日(1867年1月30日)に孝明天皇が三十五歳の若さで崩御される。慶応三年一月九日(1867年2月13日)に明治天皇が践祚され、経之は罪を許されて宮中に復帰した。

 慶応三年十月十四日(1867年11月9日)に「討幕の密勅(とうばくのみっちょく)」が薩摩藩と長州藩に下される。経之は密勅の作成などに参加した。慶応三年十二月九日(1868年1月3日)に明治天皇より王政復古の大号令が発せられ、江戸幕府が廃止となる。

 明治二十四(1891)年八月二十七日に中御門経之は薨去。七十年の生涯を終えた。


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